遜の箱舟

キリストのもとに憩い、生きづらさから避難しよう!

文句タラタラ鱈之介の347日間(一)

 

お久しぶりです。安田遜改め、鱈之介です。

 

ハレルヤ~! 安田遜です。

久しぶりに新しい記事を書きます。あまりに長く更新しなかったので、いつも読んでくださっていた読者の方々も、このブログの存在を忘れておられたことでしょう。

最後の投稿は、2020年10月18日。なんとほとんど1年間も放置していたとは・・・。その間にするべきだったご挨拶をしてから、久々の記事の本題に入ろうと思いますw

 

メリークリスマス!

明けましておめでとうございます!

そして、ハッピーイースター!

ついでに、残暑お見舞い申し上げます!

 

さて、この1年ほどの間、結構いろんなことがありました。そこで今日は、ブログの更新を怠けていた間の出来事を、ざっくりと振り返っていきます。興味ないとか言わないで~(ToT)

 

 

文句タラタラ鱈之介、参上!

この1年間、いや、この世に生をけてからの31年7か月22日、ぼくは不平不満ばかりを抱えてきた。客観的に見れば恵まれすぎるほど恵まれているのだが、それでも不満は尽きない。

そういう人間を、ぼくは文句タラタラの「鱈之介(たらのすけ)」と呼んでいる。そして、だれよりも鱈之介然としているのが、ほかでもない自分自身なのだ。

ちなみに、眉毛が八の字な女の子は「八ノ字繭子(はのじ・まゆこ)」、すぐ怒る人は「直興(すぐ・おこる)」と呼んでいる。え、どうでもいい? ・・・ぼくもそう思う。

 

ということで、今回の記事はぼくの“不平不満体質”を、あえて暴露するかたちで綴っていく。ぼくの鱈之介っぷり、最後までお楽しみいただきたい!笑

 

新しい職場で2か月目を迎える

ぼくは数年間、派遣バイトとして物流倉庫で働いていた。でも、コロナが騒がれるようになってから、安定的に働くことができなくなり、腰を据えてできる仕事をようやく探しはじめた。

そして、「消防設備士」という聞き慣れない職種に飛び込んだ。かなりの焦燥感を抱きながら探したバイトだったが、本気で正社員を目指そうと思える仕事だった。

――が、神さまに祈りつつ探した職だったものの、このとき抱いていた社会的・経済的な焦燥感が、この選択に悪影響を与えていたことに気づかずにいた。

 

10月、ぼくは消防設備士(正しくは、その補助者)として2か月目を迎えていた。消防設備士とは、火災感知器やスプリンクラーをはじめ、建物に備えてある消防設備の保守・点検を行う職業だ。

天井の感知器を、棒の先端につけたカップで覆う作業員の姿を、あなたも一度は目にしたことがあると思う。あの作業員が、消防設備士だ。

実は、あのカップの中には低音の熱源が入っていて、それで熱感知器が正常に作動するかを試験しているのだ。簡単だが、人命に関わるとても重要な作業だ。

 

消防設備会社は、「防災屋」と通称されている。ぼくの勤めていた防災屋では、感知器だけでなく、ほぼすべての消防設備をカバーしていた。

消火器や報知器、消火栓やスプリンクラー、それらに水を送る消火ポンプ、延焼を防ぐ防火戸やシャッター、火災で出た煙を外へ逃がす排煙機、それらの設備を総合的に統制する防災システムなどなど。

それだけに覚えることが膨大だったが、知れば知るほどおもしろく、やり甲斐を見出しつつあった。

 

仕事疲れでブログが手つかずになる

ところが11月、仕事が3か月目に入ってから、早くも疲労がたまってきた。消防設備士は現場仕事で朝が早く、ある程度体力を使う仕事でもあった。

それに加え、通称「昼夜(ひるよる)」と呼ばれるシフトも入れられるようになった。これは、昼勤を終えたその足で夜勤に向かうという、ブラック極まりないシフトであるw

ただ、会社と現場の往復は社用車での移動。アルバイトは運転義務がないため、移動中は居眠りができはする。それに、1日で2日分以上の収入を得られる、というメリットもあった。

 

とは言え、どう考えてもブラックだ・・・。このころから、正社員を目指すという自分の志に陰が差すようになった。ほんとうに勤めていけるのか、自信がなくなってきたのだ。

正社員は車の運転義務に加え、各現場の資料や設備図面の整理、消防署に提出する書類のまとめなど、現場責任者として膨大な量の仕事をこなさなければならない。

なにより、とにかく疲れる。年下の社員からは、「おれは転職先探してます。安田さんも、ここで社員は絶対やめたほうがいいですよ」と異口同音に言われていた。

数年前に運転免許を失効させたぼくは(更新しなかっただけで、なにかやらかしたわけじゃない)、この仕事のために再取得しようと意気込んでいたほどだったが、その思いもだんだん薄れてしまった。

 

生活はほぼ仕事疲れに押し潰されてしまい、ブログはまったく手につかなくなった。伝道こそ、人生で一番重要な仕事であるはずなのに・・・。

 

Twitterで無駄な論争を引き起こす

12月、ぼくは軽率なツイートによって、Twitterのタイムラインを荒らしてしまった。どういう内容かを明かすことは控えるが、キリスト教会を二分しているある話題について、自論を投稿したのだった。

一連のツイートはすでに削除したが、多くのコメントやDMが寄せられた。その多くは賛同の声だったけれど、もちろん手厳しい反論もあった。とてもセンシティブな話題だったのだ。

 

その翌日だったか、〈デイリーブレッド〉というクリスチャン向けサイトで、こんな記事を読んだ。

フェイスブックで失敗しました。激論の的になる話題に首を突っ込み、他人を正す必要が、どこにあったのでしょう。愚かなことです。結局、怒気を含んだ言葉の応酬で心が折れ、イエスの良い証人となる機会を失いました。これが「炎上」の結末です。

 

Patricia Raybon「優しい物言い」- デイリーブレッド(2020年12月15日)

さいわい、ぼくのツイートは「怒気を含んだ言葉の応酬」にまで発展することはなく、よくある誹謗中傷を受けることもなかった。まぁ、ぼくの知らないところではあったのかもしれないが^^;

 

ただ、神さまから

「軽々しくそういう話題に首を突っ込んで、教会の分裂を広げるのはやめろ!」

と戒められたような気がした。

 

これからはブログでもTwitterでも、「イエスの良い証人」となれるように、話題選び・言葉選びに注意しながら発信していきたい、と思わされる出来事だった。

 

体質に合わずに仕事を辞める

年が明けて1月、ぼくの体調をむしばんでいた仕事を辞めた。ほんとうは去年のうちに辞めて、新年から新しい職場で働きたかったのだが、言い出すタイミングを逃したのだった。

このコロナ禍の中、せっかくありつけた仕事を手放すのは勇気がいったが、それ以上に自分の体力の消耗が激しかったのだ。ほんとうに、現場仕事をしている人たちには、心から敬意を表します!

その職場で働いた期間は、4か月あまり。とても短かったが、職場の人たちは別れを惜しんでくれた。ただの社交辞令だったとしても、ぼくはうれしい。やっぱり、ぼくは人に恵まれている。

 

さて、ここからまた面倒な職探し。

消防設備士は、焦るあまりに、神さまと十分な相談をしないままに就いた職だった。それが間違いだった。次は、もっと真剣に祈って探さなければ(-.-;)

 

意外にトントンと新しい職にありつく

前職を辞めたのは、1月中旬。その翌週には、ぼくは新しい職場で歓迎を受けていた。感謝!

実は、前職を辞める数週間前から、自分の特性を活かせる仕事が与えられるように祈ることを始めていたのだ。そして、「客室清掃員」という職に導かれた。

職場は某高級ホテルで、客室数も多い。でもいまはコロナの影響で、500近くある部屋のほとんどが空室だ。通常稼働時は目の回る忙しさだというが、いまの職場の雰囲気は、比較的のんびりとしている。1日の労働時間はどうしても短くなりがちだが、このご時世、少しでも働ける場所があるだけありがたい!

 

さて、客室清掃に限らず、清掃業はどうも「いざというときの最終手段」というイメージがあるようなのだ。要するに、だれにでもできる仕事だと思われている、ということだ。

ここで、それを全否定させていただこう!

たしかに清掃業は、これと言って難しい作業を求められることはない。客室清掃ではベッドメイク、風呂・トイレの掃除、ゴミ回収、アメニティーの補充、掃除機がけなど。高所清掃業者や特殊清掃業者でないかぎり、一般的に業務内容は単純だ。

 

ではなにが大変かというと、時間の制約がある中で質の高い仕事をしなければならない、という点だ。

予約時間に到着したゲストを待たせるわけにはいかないので、できるだけ早く部屋を仕上げる必要がある。もちろん不備があってはいけない。もし不備によってクレームを受ければ、会社はその部屋分の作業料金をもらえないことになっている。

前述のとおり、作業自体はとても単純だ。単純だからこそ、それぞれの特性や癖が如実に反映される。向いている人はどんどん上達するし、向いていない人はとことん向いていない。時間の制約は、その差をより大きくするものだ。

客室清掃は不向きな人にとって、ただストレスフルなだけの職業になってしまうだろう。未経験から清掃業に飛び込もうとしている人は、自分のイメージとかなりのギャップがあることを覚悟しておいたほうがいい。

 

ぼくは接客業の経験が長かったが、そのストレスに耐えかねて、あまり人と接さずに済む職種を探していた。前々から清掃業に興味はあったものの避けていたのは、フロントマン時代に客室清掃員の忙しさを目の当たりにしていたからだ。

思いきってよかったと思う。もっと早くこの仕事を選ぶべきだったと思うほどだ。掃除好きで、細かなところによく気がつく、几帳面なぼくにはぴったりだった。それに、ひとりで黙々と仕事ができる。

ただ神経質が仇になって、気を抜くと一か所に時間をかけすぎてしまうところは、意識的に改善しなきゃいけない!

 

職場の人たちはぼくに期待してくれているし、なにより自分の性に合っていると思うので、この場所で腰を据えてやっていきたい。もういい加減、流浪の旅は終わりにしたい、ほんとに・・・。

 

* * *

 

ぼくの1年間にはまだたくさんのことが起こりましたが、グダグダと長くなりそうなので、記事を分割してお伝えします。ここからは、次回予告!

 

一応の安定を得たぼくでしたが、人生のうちでもっとも重要な伝道という大仕事には、相変わらず身が入らずにいました。ぼくが鱈之介だからですw

残念ながら(?)、この記事でその顔はお見せできませんでしたが、次回お伝えする2月以降のぼくは、すっかり鱈之介になりました。

感謝を忘れてえんせい観に囚われ、神さまに愚痴と雑言を浴びせながらも、結局は神さまなしでは生きていけない・・・。そんな弱いクリスチャンの日々、ぜひ憐れみをもってご覧くださいw

 

この過酷な時代を必死で生きているあなたを、神さまが御心に留めて支えてくださいますように。アーメン。

 

 


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引用の出典

画像の出典(Pixabayより)