遜の箱舟

キリストのもとに憩い、生きづらさから避難しよう!

人生を支える「愛」という根っこを求めて

 

割れた鏡に顔を映す男性

この記事は、番外編カテゴリーに分類されています。

 

ハレルヤ~! 安田遜です。

神への信仰を失ったことについて、いくつかの記事で綴ってきました。不信仰の理由をぼくは、聖書の内容に大きな矛盾を感じたからだと語り、全知全能の神が人間を不完全につくったことに、不平と怒りを表明してもいます。

それらのことは本音ですが、憎悪とも言える神への反発心を、自分でも異常なものだと感じています。最近、その悪感情を克服するための課題が見えてきました。それは、

 

自分の中に「愛」を育んで、そのままの自分を認められるようになる

 

ということ。ぼくは自分自身を愛することができず、むしろ自己否定がすべての出発点になっているので、生きることに対して不都合ばかり感じてしまうのです。

生きること自体が面倒で、人生を価値あるものだと思えません。だから、自分も他人もほんとうの意味で尊重することができない。自分の人生に価値を見出せない人は、他人に対しても潜在的に無価値感を抱いてしまいます。

自他を尊重できず、人生を悲観する理由は、ぼくの中に十分な「愛」が養われていないから。昨秋から通うようになった催眠療法の先生に、そう指摘されました。

 

催眠療法を受けはじめたのは、もう10年以上も悩まされている視線恐怖症が、いよいよ苦しくなってきたからです。視線恐怖症とは、読んで字のごとく、他人の視線をひどく怖いと感じてしまう症状。

自分の視線が他人を不快にさせているのではないかと不安がる、「自視線恐怖」というのもあるそうですが、ぼくは特に他人の視線を必要以上に気にしてしまいます。初めはたんなる自意識過剰だと思っていたのですが、ときに発汗や動悸が激しく、なにやら病的だと気づいたのでした。

先生のおっしゃるには、ぼくには「自分は自分」という確固たる自己イメージがなく、他人の評価を通してしか自分を確認できない状態になっている、とのこと。他人が自分をどう見るかによって、自己イメージが左右されてしまうのです。

要するに、「他人から見える自分=ほんとうの自分」だと勘違いしている、ということ。そして、自分は他人より劣っているという妄想がぼくにはあり、それが視線恐怖につながっているのだ、と。

 

 

ぼくは道行く人たちから「クズ人間」だと思われてるに違いない。だから、ぼくは低レベルで無価値な人間なんだ

 

ぼくがぼく自身に対して抱いている劣等意識を、他人もまたぼくに対して向けている。そんな根拠のない被害妄想に、いつしかぼくは支配されていたのです。

 

 

先生とのカウンセリングを進める中で、劣等感・無価値感・虚無感の元凶が明らかになりました。

 

安田くんは、「そのままのあなたでいいんだよ」と肯定してもらえる経験が、極端に少なかったんだね。

小さなころに自分の感情や意見を受けとめてもらえることが、健全な自己肯定感の発達に重要だといいます。ぼくが自分や人生に不都合を感じるようになった一因は、実は幼少期の環境にあったのです――

 

ぼくは、アメリカとロシアのように仲の悪い両親のもとに生まれました。両親はぼくの物心ついたころには“冷戦”を始めており、母は、父がどんなにダメな人間であるかを、幼いぼくに言って聞かせるのでした。

父はいわゆる仕事人間で単身赴任も多く、ぼくは母の語る父がほんとうの父なのだと、ほとんど洗脳に近いかたちで認識させられました。たまに帰って来る父はぼくに無関心で、強権的な母の前でまごつき、その姿はぼくに激しい嫌悪を覚えさせました。

そしてついに、ぼくは父を生理的に拒絶するようになってしまったのです。この体にあの人と同じ血が流れているのだと思うと、それだけで自分がイヤになります。ぼくは父を父親として認めたくなく、ぼくに父親を与えてくれなかった母を恨みました。

 

男にとって、父親を尊敬できないというのは、悲劇です!

 

母も母で、自ら父親の役割をも受け持とうとするわけでもなく、夫に対する不満を当然のようにぶつけてくる始末。ぼくは母のカウンセラーになるために生まれて来たのでしょうか?

ぼくは仲のいい家族を持つ友達が羨ましく、両親の不仲について、何度も母に訴えたものです。ところが母は、「わたしは若かったから、間違った人を選んじゃったのよ」とヘラヘラ笑うばかり。

自分は日ごろの愚痴を子どもに吐きつづけておきながら、いざぼくが(至極正当な)不平を訴えても、その痛切さをこれっぽっちも受けとめようとはしなかったのです。

 

幼いぼくにとって、父と母は敵同士であり、家庭は両親の戦場でした。

仲の悪い人間同士がなぜわざわざ結婚し、ぼくがなぜその間に立たされなければならないのか? ほんとうに疑問だったし、なによりも迷惑でした。

父とは話もしたくないし、母に訴えても思いは届かない。心の中でどうしようもなく膨らんでいく黒い感情を、ぼくはたったひとりで抱えているしかなかったのです。

 

 

ぼくは、ぜひともこの世に生んでほしいと頼んだ覚えはありません。それなのに神は、よりによって不仲な両親のもとにぼくを生み落としました。そのうえ、ぼくは心を傷つけられて生きづらさを抱え、そのケアさえも自分でせねばならない羽目に陥りました。

人生とは、なんの義理もないのに無理やり背負わされた荷物であって、生まれないで済むのならそのほうがいいに決まっています。望みもしなかった命なのだから、せめて幸福に生きさせてほしいものです。

そんなふうに思ってしまいます。自分自身を尊重できないから、そのぼくをつくった神を礼拝できないのかもしれません。神や両親のせいにすることで、無理やり背負わされた人生の責任を回避しようとしているのかもしれません。

正直、両親には責任を取ってほしい。両親が失敗した家庭づくりの代償を、なぜぼくが負わなければならないのでしょうか? 心のケアに費やしたお金と時間の分だけでも、慰謝料として請求したいくらいです!

 

そんなことを嘆いてみても、自分の人生の責任は、すべて自分が引き受けるしかありません。理不尽に傷つけられた人生でさえも、自分自身が背負っていくしかないのです。

 

はっきり言って、ぼくはいま仕方なく生きています。生きたいと思って生きているのではなく、死ねない理由があって踏ん張っているのでもなく、死なないから惰性で生きているのです。

そして、どうせ生きなければならないのなら、少しでも不幸から遠ざかりたいと思うから、生きづらさを解消するためにできることを始めています。

 

そのひとつが、催眠療法なのです。

幼少期からの心の傷を癒し、失われた自己イメージと人生観を回復すること。どんな自分でも自分として受け入れ、自分を愛する感覚を育むこと。それが、いまのぼくの課題です。

その課題をクリアしたとき、初めて自分の人生に対する責任を果たせるようになるのだと思います。自分を愛せないということは、自分の人生をどうでもいいものだと考えることであり、人生に対する無責任につながるからです。

 

そう考えると、自分を正しく愛することは、人生のすべてを支えている、と言っても過言ではありませんね。

 

30歳になった年、ぼくは「いまが0歳のつもりで、少しずつ精神的土台を建て上げていこう!」と静かに決意したのでした。

今年は3歳。小さなころからの長年の敵、自分を否定する自分と闘いながら、ぼくの中の「愛」にたっぷりと栄養を与える一年にしたいと思います。

 

 

 

画像の出典(Pixabayより)