遜の箱舟

キリストのもとに憩い、生きづらさから避難しよう!

コロナに奪われていく日常と、決して奪われない希望

 

顔を覆って悲しむ子ども

 

どうも、安田遜です。

先日の訃報を聞いて、あなたも相当なショックを受けておられるだろうと思う。ほんとうに信じられない・・・。

 

国民的コメディアン・志村けんさんが亡くなった。享年70、新型コロナウイルスによる肺炎が原因だった。

初めて感染の報道を聞いたときは、すぐに回復して帰って来るのだろうと、当然のように思っていた。それはきっと、あなたも同じではないだろうか?

 

まさかそれが叶わなくなるなんて・・・。「志村けん」の名前と「死去」の文字が、同じ画面に並べられている。それがまったく受け入れられない。

昨日の寝る前、YouTubeで久々にドリフのコントを観てみた。映像が粗くて時代を感じるが、いまでも純粋に笑えるのは、すごい。

コメント欄は追悼の言葉でいっぱいだった、もう読みきれないほどに。「国民的」とは、こういう人のためにある言葉なのだと思う。

 

クリスチャン的に言えば、人をけなして笑い取ったり、人の頭をたたいてウケを狙ったりするのは、やっぱり暴力的で、よくはない。

でも志村さんのコントは、観ていて不快感がない。すっきりと笑える。それは、志村けんというコメディアンの持つ、人間的な魅力によるのだと思う。

 

志村さんは笑いにストイックながら、どこまでも共演者思いだったそうだ。コントでも共演者を引き立たせるように意識していたと、生前あるテレビ番組でおっしゃっていた。

コントには役者やアイドルもよく出ていたが、彼らがとても楽しそうに演じていたのも、志村さんの熱心さと人柄があったからなのだろう。ほんとうにステキだ!

 

志村けんさんの生前のお働きに感謝するとともに、その死を心から哀悼いたします。

 

 

志村さんの死にショックを受けるのと同時に思ったのは、「志村けん、キリストの福音を知ってたかなぁ?」ということだ。

志村さんの宗教観についてはまったく知らないが、どうか“隠れクリスチャン”でありますように、と願わずにはいられない。

キリストを自分の救い主だと本気で信じていれば、教会へ行かなくても洗礼を受けなくても、その時点で立派なクリスチャンだからだ!

 

ぼくたちクリスチャンは自分がどこへ行って、ノンクリスチャンがどこへ行くのかを知っている。そして、それが事実だと本気で信じている。

だからこそ、ぼくはこのブログで「キリストによる救い」を伝えているし、あなたにもそれを受け入れてほしいと心から願っている。

 

正直、もしあなたが自分は無宗教だと言うのなら・・・、

「教会に行かなくたっていいです。献金しなくたっていいです。だから、イエス・キリストを信じてください!
ただ信じるだけでいいですから!!

と思う。ほんとうにそう思う。

 

今回の訃報を受けて、改めてそういう気持ちが強くなった。

 

 

ここからは、かなりディープな話になるのだが・・・

 

このコロナ騒動、世界じゅうでたくさん死者も出ている。そういう状況でクリスチャンはまず、キリストの再臨が近い、と感じるのではないかと思う。

キリストの再臨というのは、わかりやすく言うと、”終わりの始まり”だ。

聖書には、戦争・地震・飢饉・疫病などがあちこちで起こりはじめたら、世の終わりが近いと悟れ、と書いてあるなど)

 

いまの新型コロナによる混乱は、明らかに終末の予兆の一つだと思う。しかもアフリカのほうでは、バッタの大量発生で食糧危機が深刻だと言うし・・・。

もちろんすぐに世界が終わるわけではない(と思う)けれど、確実に「その時」は近づいている。聖書がそのことを事前に知らせてくれているのは、神さまの愛だと思うのだ!

神さまは聖書で語られた予兆を起こして、一人ひとりが自分の置かれている状況に気づけるように、キリストを信じられるように、強く働きかけてくれている。

世界の現状は、ぼくたちにとっては先の見えない闇かもしれない。でもその裏で、神さまはぼくのため、あなたのために、光を用意してくれているのだ!

 

「神がいるなら、なんでこんな不幸が起こってるんだ?」と言う人もいるだろう。でも、人間は苦しみの中でこそ、神さまに頼るようになるのではないだろうか?

精神的にも経済的にも恵まれて、なにもかも自分の思いどおりに事が運んでいたら、だれも神を求めないのではないかと思う。

逆に自分の思惑がことごとくくじかれて、いろいろな邪魔が入ったり翻弄されたりするとき、自分以外の圧倒的な力に助けてほしいと思うのではないだろうか?

神さまは、ぼくたちが憎くて苦しめるわけではない。神さまはぼくたちの苦難を通して、自分への門を開いてくれているのだ。

 

一寸先は闇のこの状況、経済も傾きかけてしまって、元の生活に戻れるのかわからない。でも神さまを見上げれば、「変わらない愛」と「変わらない希望」のあることがわかる。

こういう時代だからこそ、ほんとうの「愛」と「希望」を伝えていくべきだと思う。すべての人を招く神さまの光に、一人でも多くの人が気づきますように。アーメン。

 

 


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画像の出典(Pixabayより)